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浦和地方裁判所 昭和61年(ワ)807号 判決

原告 株式会社ダイナテック

右代表者代表取締役 川又博

右訴訟代理人弁護士 高橋武

被告 株式会社東京相和銀行(旧商号株式会社東京相互銀行)

右代表者代表取締役 前田和一郎

右訴訟代理人弁護士 木村康則

同 木村浜雄

右訴訟復代理人弁護士 森野嘉郎

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月五日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、昭和六〇年七月二三日、資本金二五〇〇万円を以って設立された株式会社であり、被告は、銀行業を営む株式会社である。

2. 訴外渡辺宣寿(以下「渡辺」という。)は、会社設立前の原告を代表して被告との間で、株金払込事務取扱の委任契約(以下「本件契約」という。)を締結し、被告西川口支店に対し、昭和六〇年七月二〇日までに株式払込金二五〇〇万円を払込み、被告は、原告のためこれを別段預金として預り保管していた。

3. かくして被告は、株金払込取扱銀行として本件契約上善良なる管理者としての注意をもってこれを保管すべき義務を負っていたところ、被告は、原告代表者から右株式払込金の払込について再々照会を受け、かつ昭和六〇年七月二九日には原告会社から印鑑証明書の提出を受けていたのであるから、右株式払込金の普通預金口座への振替に当たっては直接原告代表者の了解を得るか又は原告の代表者印の使用を求めるべき注意義務があった。

4. しかるに被告は、右注意義務を怠り、昭和六〇年七月三一日、右株式払込金を原告の普通預金口座に振替入金した。

5. そのため右株式払込金は、原告会社代表者の十分な管理の及ばぬ状態におかれることとなり、昭和六〇年八月二一日、右口座から金二〇〇〇万円が引き出されて大渡工業株式会社(以下「大渡工業」という。)の当座預金口座に入金され、同日大渡工業の株式会社三菱銀行に対する借入金弁済に使用され、大渡工業は昭和六一年一月四日倒産したため、原告は右金二〇〇〇万円を回収することができなくなり、同額の損害を蒙った。

6. よって原告は被告に対し、本件契約上の債務不履行に基づき、被告が右株式払込金の普通預金口座への振替入金手続に当たり前記注意義務を怠ったことによる損害の賠償として、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月五日から支払ずみに至るまで年六分の割合による商法所定の遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1及び2の事実は認める。

2. 請求原因3の事実中被告が株金払込取扱銀行として、本件契約上善良なる管理者として注意をもって株式払込金を保管すべき義務を負っていたこと、及び被告が原告から印鑑証明書の提出を受けていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3. 請求原因4の事実中、被告が昭和六〇年七月三一日右株式払込金を原告の普通預金口座に振替入金したことは認めるが、被告が右注意を怠ったことは否認する。

4. 請求原因5の事実中昭和六〇年八月二一日原告の右普通預金口座から金二〇〇〇万円が払戻されて、大渡工業の当座預金口座に入金されたことは認めるが、株式払込金が原告の普通預金口座に振替入金されたため、原告代表者の管理が十分及ばなくなったことは否認し、その余の事実は不知。

5. 請求原因6は争う。

三、抗弁

1. 被告は、原告の依頼により、原告主張の日に、本件株式払込金を原告の普通預金口座に振替入金し、同口座からの払戻請求に応じて原告主張の払戻をしたものであって、善良なる管理者としての注意義務を尽くており、債務不履行はない。

2. 仮に、被告に本件損害賠償の責任があるとしても、原告においては本件株式払込金の普通預金口座への振替入金及び同口座からの金二〇〇〇万円の払出手続を行ったと主張する渡辺は原告の取締役なのであるから、他の取締役の行為に対して監視義務を有する原告の代表取締役である川又博においてその義務を怠った過失があるというべきであり、これに起因する原告主張の本件損害についての被告の賠償額は大幅に減額されるべきである。

四、抗弁に対する認否

1. 抗弁1の事実は否認する。

2. 抗弁2のうち、渡辺が原告の取締役で、川又博が同代表取締役であったこと、並びに本件株式払込金の普通預金への振替入金手続および同口座からの金二〇〇〇万円の払出手続を行ったことは認めるが、その余は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、同3の事実中被告が本件株式払込金を善良なる管理者としての注意をもって保管すべき義務を負っていたこと、並びに同4、5の事実中、原告主張の日に被告が本件株式払込金を原告の普通預金口座に振替入金したこと、同口座から二〇〇〇万円が払戻されたことも当事者間に争いがない。

二、そこで、その余の請求原因についての判断に先立って、抗弁1について検討する。

〈証拠〉によれば、原告は、昭和六〇年七月二三日に設立登記された株式会社であるが、元来大渡工業の代表取締役であった渡辺が発起人代表として同年二月頃から設立手続を進め、同社の関連会社として設立されたこと、原告代表者川又博は、もともと大渡工業の従業員で、渡辺に請われて原告の代表取締役に就任した者であるが、原告の設立登記後にはじめて、自分がその代表取締役として登記されていることを知った程で、原告の業務のうち教育事業部という一部門を担当していたにすぎなかったこと、これに対して渡辺は原告設立後もその大株主でありかつ取締役会長であって、実質的な経営者として原告の業務全般の実権を掌握していたこと、渡辺は、原告の設立準備中である同年五月二日に、被告銀行において原告名義の普通預金口座を開設して自らこれを管理し、原告設立後は経理部長鈴木勇が右普通預金の通帳を保管し、印鑑は渡辺が保管して、鈴木は渡辺の指示によりその入出金を管理し、このことは原告代表者川又も了承していたこと、被告においては、別段預金として預り保管中の株式払込金の払出し等の請求に応ずる際は、預入会社の実印を徴求するのを原則としているが、設立以前から取引があってその普通預金口座に振り替える場合には、当該普通預金口座に届出の印鑑によっても右振替請求に応ずる取扱いとなっていること、本件の別段預金口座から前記普通預金口座への振替手続は渡辺の指示を受けた前記鈴木又はその部下である黒須某の申出によってなされ、被告は原告の右普通預金口座用に届出の印鑑と右申出の際提出された領収証に押捺された原告の印影とを照合して右普通預金口座への振替手続を行ったこと、なお、右普通預金の入出金は同預金口座開設以来昭和六一年三月一四日に解約されるまで度々なされていること、以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、本件株式払込金については原告の実質的経営者である渡辺が管理の権限を有していたもので、被告は渡辺の指示を受けた原告の従業員前記鈴木又は黒須の申出すなわち原告の依頼に基づいて、本件株式払込金の普通預金口座への振替手続を行ったものと認めるのが相当である。そうすると、この点において被告には、本件株式払込金の保管につき善良な管理者としてなすべき注意義務を尽くしており、債務不履行はなかったものといわなければならない。

抗弁1は理由がある。

三、なお、原告は、原告代表者川又から被告に対し本件株式払込金の払込について再々照会をしており、被告は原告の印鑑証明書の提出を受けていたのであるから、被告は、本件株式払込金の普通預金口座への振替に当たっては、直接原告代表者川又の了解を得るか又は原告の代表者印の使用を求めるべきであった旨主張している。

しかし、被告が右普通預金に使用された印鑑とは異なる原告の実印について印鑑証明書の提出を受けていたことは当事者間に争いがないが、前記二認定の事実に照らすと、右のことから直ちに本件株式払込金の普通預金への振替手続に当たって被告が原告の実印の使用を求めるべきであったと認めることはできない。

また、原告代表者尋問の結果中には、昭和六〇年八月頃原告代表者が被告従業員に本件株式払込金が別段預金にあるかどうかを尋ねた旨の供述部分があるが、同代表者は本件株式払込金の普通預金口座への振替を知ったのは翌昭和六一年一月中旬頃であるとも述べていることや、証人藤井直之の証言に照らして、原告代表者の右供述部分は信用し難く、他に当時原告代表者が被告従業員に対し本件株式払込金について照会したことを認めるに足りる証拠はない。

以上のほか、原告が主張するような、本件株式払込金の普通預金口座への振替手続に際し、被告において直接原告代表者の了解を得るか原告の代表者印の使用を求めるべき注意義務があったとすべき事情についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

四、以上のとおりであるから、本件株式払込金の普通預金口座への振替手続における被告の債務不履行を理由とする原告の本訴請求は、その余の点については判断するまでもなく、失当であることが明らかである。よって原告の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川英明)

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